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福岡高等裁判所 昭和28年(ラ)83号 決定

抗告人 競落人 林萬寿三

訴訟代理人 広石郁磨

主文

原競落許可決定を取消す。

同許可決定添付目録に記載の不動産の競落は許さない。

原競落不許可決定に対する抗告は之を棄却する。

理由

本件抗告の理由とするところは、末尾添付の抗告申立書写に記載の通りである。よつて案ずるに、

一、本件競売記録によれば、本件の競売は、債権者兼抵当権者たる商工組合中央金庫の申立により、抵当物たる土地家屋七筆(即ち抗告申立書添付の物件目録(甲)(乙)に記載の物件)につき開始せられたもので、原裁判所は、右物件の各筆に鑑定人をして評価をさせ、之に基ずき各筆につき最低競売価格を定めたのであるが、その合計額は、債権者より申出の債権額四十九万五千八百円及び競売手続費用額を遥かに超えており数次の競売期日に競買の申出がなかつた為最低競売価格を次第に低減したが最後に定めた最低競売価格でさえも、その合計額は百十七万円余となつていたのである。

それにも拘らず原裁判所は、前記七筆の物件全部を同時に競売すべきものとして、昭和二十八年十一月二十四日を競売期日と定め、各筆の最低競売価格その他の要件を記載して公告を為した上、右期日に競売を実行させたので、抗告人はその期日に全部の物件につき最低競売価格を以て競買の申出を為したのであるが、同月三十日の競落期日において、原裁判所は、前記物件目録(乙)に記載の宅地・鉱泉地・及び建物一棟の計三筆についてのみ競落許可決定を言渡すと共に、同(甲)に記載の家屋四筆については、「乙の物件の売得金を以て、債権者に弁済し且つ手続費用を償うに足るから、其の余の物件の競落は許すべきでない」との趣旨の下に競落不許可の決定を言渡したのである。

二、民事訴訟法第六百七十五条が抵当権実行の為にする競売にも準用されることは疑のないところである。従つて、原裁判所が物件目録甲記載の四筆の物件につき競落不許可の決定を為したのは当然であつて、之を取消すべき何等の理由も見出し難い。

三、ところで、本件競売においては、前記の通り、(甲)(乙)の物件はすべて同時に競売すべきものとして公告せられ、且つその通り実行せられたのであり、しかも、(乙)物件の最低競売価格のみで以て債権額や手続費用を償うに足る金額であつたのである。而してかように競売に付せられ得べき不動産が多数あり、しかもその一部の最低競売価格のみで債権額及び手続費用の合計額を超えるときには、他の不動産を同時に競売に付することは出来ない、と解するのが相当である。何となれば、競売は最低競売価格以上の価格を以て競買されることを目標とし、之を前提として為されるものであり、従つて、一部の物件の最低競売価格のみで既に債権額や手続費用を超える限りは、その他の物件は競売に付する必要なきに帰するからである。つまり、数筆不動産を同時に競売に付する場合には、その最低競売価格の合計が債権額及び手続費用の合計額に達するを限度にとどむべきである。

ところが、本件競売は、右の限度を超えて同時に競売を行つた(その結果、(甲)物件についての競落不許可を言渡さざるを得ぬ結果となつた)のであつて、その点に違法があると言わざるを得ない。而して、その違法が競落不許可となつた甲物件に関する違法のみにとどまり、(乙)物件の競売・競落等に何等影響を及ぼさないものならば、(乙)物件の競落許可決定は之を取消すべきでないこと勿論であるが、本件の同時競売は、(乙)物件の競落にも左記の様な影響があるのである。

四、即ち、本件競売の公告には、競売に付すべからざる物件(正確に言えば、競売に付すべき限度を超えた物件)まで之を競売するものの如く記載した違法がある。

尤も、右の様な公告の記載が為されて居ても、現実の競売は民訴第六百七十五条所定の限度の物件にとどめてその余の物件は競売しないことも出来るし又仮に右の限度を超えて競売競落せられてもその限度超過の物件については(あたかも本件甲物件の場合の如く)競落不許可とすることも出来るわけであり、而して、以上のような場合に、もし公告に係る各物件がそれぞれ他の物件と格別の関係を持たない独立別箇の物件であるようなときには右の様な公告の違法は右法条所定の限度内の競落に関する限り、単に無用な記載を為したものに過ぎず、之を以て右法条限度内の物件の競落に対する異議や抗告の事由と為し難いのが通常であろう。何となれば、右の様な記載は(違法な記載とは言え)右限度内の物件の競落に関しては利害関係人に何等不利益な影響を与えるものでないのが通常だからである。

然し乍ら、本件の場合は多少事情を異にしている。即ち、本件甲物件の家屋四棟は実際上は(乙)物件中の七六番の一の宅地百二十坪二合三勺の地上に存するものであることが、抗告人提出の証明書によつて明かである。然るに拘らず、本件競売公告中に債権額の記載がないのは勿論、競売期日の手続中などに於て特に「債権額及び手続費用の合計額を超える部分については、競落は許されない」旨を競買申出人に注意警告したような形跡もない。およそ土地とその地上の建物とが、同一人の所有にある場合とそれぞれ各別の人の所有に属する場合とでは、その利用価値や交換価格において多大の相違があることは言うまでもないところであるから、本件に於て抗告人はその主張する如く、(甲)物件も(乙)の土地と共に自己の手に競落されるものと信じたればこそ、(甲)(乙)全部の物件を競買すべく申出たものであり、若し甲物件のみが競落を許可されない様なことが前以てわかつて居たならば、全部の物件の競買申出は為さなかつたであろうと、容易に推測せられるのである。抗告人が「競買申出に要素の錯誤がある」と言うのも無理からぬことである。本件競売の公告は、競売すべからざる物件まで記載した違法があり、この違法の記載は単に無用の記載であるにとどまらず、実に競買申出人をして右の様な誤解を生ぜしむるような有害な記載であつたわけであり、かような事情の下に於て為された競落は、競落人が之を欲する限り之を許すべからざるものとするのがむしろ当然である。

従つて当裁判所は、乙物件の競落も又許すべからざるものあり之についての原裁判所の競落許可決定は不当で、本件抗告は理由があるものと認める。

五、抗告人は「原決定を取消し、甲、乙の全物件について改めて申出価格による抗告人の競落を許可する」旨の決定を求めているのであるが、左様な決定を為し得べきものでないことは、以上の論述に徴して明かであろう。

よつて、本件抗告は一部理由ありと認め主文の通り決定する。

(裁判長判事 森静雄 判事 竹下利之右衛門 判事 高次三吉)

抗告申立書(写)

大分市大字大分二〇一番地

抗告人 林萬寿三

別府市大字別府一五六番地 弁護士

右訴訟代理人 広石郁磨

本抗告人は大分地方裁判所昭和二十七年(ケ)第七六号不動産競売事件に付昭和二十八年十一月三十日左記二つの決定(之を以下甲決定乙決定と仮称する)を受けたのであるが右決定は何れも不服であるので抗告を申立てる。

(甲)決定

主文

別紙目録(甲)記載の不動産に対する競落は許さない

昭和二十八年十一月三十日

大分地方裁判所

裁判官 吉田誠吾

(乙)決定

(抗告人の表示以下省略)別紙目録(乙)記載の不動産に対し最高価金八十三万二千百円也の競買申出を為したので競落を許可する

昭和二十八年十一月三十日

大分地方裁判所

裁判官 吉田誠吾

抗告の趣旨

原決定(甲乙)を取消す

大分地方裁判所昭和二十七年(ケ)第七六号不動産競売事件に付別紙目録(甲乙)の不動産に付最高価金百拾七万六千三百円の競買申出を為した抗告人に競落を許可する

右趣旨の裁判を求める

尚予備的請求として全部の競落許可の許されない場合全部(甲乙)に付不許可を求める。

抗告の理由

一、抗告人は大分地方裁判所昭和二十七年(ケ)第七六号不動産競売事件に付昭和二十八年十一月二十四日の競売期日に於て別紙目録(甲乙)の不動産に対し競買価額金百拾七万六千参百円也の申出をなし最高価競買人と定められ所定の保証金を納付した。二、右競買申出に対し大分地方裁判所は昭和二十八年十一月三十日の競落期日に於て右競買申出の一部(乙決定)に対し競落を許し一部(甲決定)に対し競落を許さないとの決定を言渡した。三、右決定は其の競落を許さない部分(甲決定)が違法があると同時に一括した競買の申出に対して裁判官の任意な判断に因り分割せる競落許可否決定は違法不当である。即ち左記

第一、本件競売(甲乙)は別府市大字別府字南町下七十六番地の一宅地百二拾坪二合三勺の土地及此の土地上に存する建物が競売の目的物である。凡そ不動産物件は観念的には土地建物と夫々独立の物件である。然し経済的には土地と其の土地上に存する建物とは相関干係にあつて之を分離して考へることは出来ない。即ち価値の点に於ては全く独立して考へるのと関連せしめて考へるのとで相違するのである。殊に賃借権、地上権の存在及地代統制の存在等は更に其の価値の差を大にするのである。事実問題として借地権、地上権の存する土地所有者は固定資産税の程度も賃料の得られない場合が寧ろ常である。然るが故に建物の存する土地を土地のみ買ふことは寧ろ特殊の場合に属する。又土地の所有権を除外して建物のみを取得する場合も例外に属する。して見ると事案の場合競買申出をなした抗告人が一括してなした本件土地建物は之を分別して個別独立の不動産として申出をしたのではなく之を相関してなしたと云ふことは抗告人の特殊事情ではなく経済価値的な通念である。此の事は民法第三八九条の規定の存在を以ても明に言へる所である。然るに原審決定は其の土地については之を許し其の土地上の建物について競落を許さないのである。競売は公売手続である。故に一般私契約の理法が其のままには適用されない。然し公契約でも通念としての事実を無視してまでも一方的な(裁判所の)決定であり得ない。故に抗告人の経済通念に従つた競買申出を無視した競売(一括申出に対する分別)は違法であると考へる。之を抗告人の側よりすれば競売申出の内容に対する要素の錯誤で無効のものである。故に請求趣旨に対する予備的請求として全部に対する競落が許されない場合は全部に対し競落を許さずとの決定を受くべきであり且つ之を求める。

第二、甲決定に於て競落を許さないことは違法である。(一)甲決定が競落を許さないことは本件競売は民訴第六七五条を類推適用して斯く決定せるものと解するの外ない。此の点について大正三年大審院判例も存する。(二)然し競売法が第三十二条に於て殊更に六七五条(殊更と云ふ所以は其の前条迄又其の次条以下を準用して居るのに本条は準用して居ない。)を除外して居る故に同条を準用するのではなく唯債務者に必要以上の損害負担を与へない為或は必要以上の強制執行をなすべきでないとの一般理法により同条が類推されるのである。然し此の類推をなす為には他に害を及ぼさないことが条件である。本来六七五条の存在する所以も原則的には競売公告の物件は其のまま競売することであるのに之を同条が例外的に斯く定めたのである。故に此の類推規定を適用することに於て債務者外の者に損害を及ぼす如き場合には勿論適用すべからざるものである。之を本件について見れば競買申出人は分離さるれば恐らく申出をしなかつたか或は其の申出額は減額されたであろう所の損失まで無視して同条を適用すべきでないことは論ずる迄もないのである。(三)右により準用すべき場合でない本件準用によりなした不許可決定は取消すべきであり其の反面不許可となすべき理由なき本件競売は其の申出全部を競落許可すべきである。四、本件に関する抗告人の実情は斯く分離して競落さるれば直ちに競買申出の取消を求めたいのであるが法が取消を認めないので茲に抗告の外ないものである。

疏明方法

一、肌野亀夫の証明書により物件目録(甲)の物件の所在地は凡て別府市大字別府字南町下七六番建込と表示してあるが右七六番は七六番の一二に分割されて居るので右七六番建物とあるは七六番地の壱の部分に所在することを疏明し併せて抗告の理由三の第一記載事実を疏明する。

二、原審記録中不動産競売調書により競売申出事実を立証する。

物件目録

(甲)

別府市大字別府字南町七六番地

家屋番号南町拾弐番

一、木造瓦葺平屋建居宅 壱棟

建坪 拾五坪五合

同所同番地

家屋番号南町拾参番

一、木造瓦葺平屋建居宅 壱棟

建坪 拾坪七合五勺

同所同番地

家屋番号南町拾四番

一、木造瓦葺平屋建居宅 壱棟

建坪 五坪

同所同番地

家屋番号南町拾五番

一、木造瓦平屋建居宅 壱棟

建坪 拾坪五合

物件目録

(乙)

別府市大字別府字南町下七六番地ノ一

一、宅地 百二十坪二合三勺

同所同番地の三

一、鉱泉地 壱坪

同所七六番地ノ一

家屋番号南町拾壱番

一、木造瓦葺弐階建店舗 壱棟

建坪 四十二坪六合

外二階 二十八坪一合五勺

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